なぜ私は「大衆向け」をやめたのか?|AI講座とAcademyの設計思想

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なぜ私は「大衆向け」をやめたのか?|AI講座とAcademyの設計思想

──AI講座とAcademyの話

最近、うまく言葉にできない“違和感”を感じることが増えてきました。

何か大きな出来事があったわけでもなく、はっきりとした理由があるわけでもない。

ただ、「分かりやすくしよう」とすればするほど、自分の言葉が少しずつ薄くなっていくような感覚があって。

伝えているはずなのに、本当に大切なところが、どこか置いていかれているような気がしていました。

以前の私は、ブログ構築やアフィリエイト収益など、いわゆる「資産化」を目的とした発信からスタートしていました。

分かりやすさを重視して、できるだけ「大衆向け」に、「再現しやすい形」で伝えること。

MIHO

それは当時の私にとって、必要な選択だったと思っています。

実際に、仕組みを作り、数字を積み上げ、結果につながった経験もありました。

でも同時に、その「分かりやすさ」を続けるほど、自分の中で違和感が少しずつ積み重なっていきました。

正解を示すほど、誰かの答えをなぞっているような感覚。

役に立っているはずなのに、どこか「自分の声」ではないような、不思議なズレを感じるようになったのです。

考え込みながらパソコンを見つめる女性、困っている

特に、AIを使った表現や制作を伝える中で、その「違和感」ははっきりしてきました。

AI生成は、
「この手順でやればできます」
「こうすればうまくいきます」

と、簡単に言い切れるものではありません。

なぜなら実際には、同じように操作しても、同じ結果になることはほとんどないからです。
何度やってもうまくいかなかったり、思った通りにならず、何十回も修正を重ねることも珍しくありません。

でも私は、その「うまくいかない時間」「噛み合わない感覚」の中にこそ、一番大切な気づきがあると感じていました。

だから私のAI講座は、「AIをうまく使えるようになること」そのものをゴールにはしていません。

何度やっても噛み合わないときに、「自分はダメだ」と切り捨ててしまわないこと。

思った通りにならない感覚を、無理に正解に合わせるのではなく、一度立ち止まって、ちゃんと観察してみること。

私にとってAI生成は、技術を上達させるためだけのものではなく、自分の感覚に気づくための「場所」だと感じています。

この講座は、そのプロセスを実際に体験してもらうための時間として設計しています。

そして、その姿勢を持った人が、継続して向き合っていく場所として用意しているのがAcademy という場所です。

Academyは、正解をもらい続ける場所ではありません。

自分の感覚を信じて、自分で試して、壊して、組み直す。

その過程を、一人で抱え込まなくていい場所。

うまく説明できない違和感を、「それでいい」と確認できる居場所です。

だからAI講座はゴールではなく、Academyに向かうための入口であり、「通過点」だと考えています。

正直に言うと、このやり方はとても遠回りに見えるかもしれません。

MIHO

早く答えが欲しい人や、迷わず進みたい人にとっては、少し不親切に感じる部分もあると思います。

でも、ずっと学んできたのに噛み合わなかった人、努力しているのに違和感が消えなかった人には、必要な時間だと感じています。

まだ私は、この感覚をすべてをきれいに説明できるわけではありません。

でも、説明できないからといって間違っているわけではない。

そう思えるようになったこと自体が、今の私にとっては大きな変化です。

もし今日の話が、完全に理解できなくても大丈夫です。

「なんとなく分かる気がする」その感覚が残ったなら、きっとそれで十分なのだと思っています。

今回の記事の目次

公式LINE

この感覚を、「頭の中だけ」で終わらせず実際に“形”として確かめてみたい方へ。

私のAI講座では、まずは 生成AIで“完成させる体験” から入ります。

ただし目的は、上手な作品を作ることではありません。

「なぜ違うのか?」
「どこがしっくりこないのか?」

その感覚を、自分の手で掴むための講座です。

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