【第2回】工程も想いも出しているのに、なぜ伸びないのか?一瞬の混乱で終わる発信と、線につながる発信の違い

当ページのリンクには広告が含まれています。
投稿が“点”で終わる人と“線”になる人の違い

こんにちは、和花人ブログのMIHOです。

前回の記事では、
「毎日投稿をそのまま続けても、なぜ線にならないのか?」
という話を、構造の視点から書きました。

今回は、その続きです。

商品を出している。
工程も見せている。
想いも、文章でちゃんと書いている。

それでも、
保存されない
回遊されない
なぜか積み上がらない。

「ここまでやっているのに、どうして?」

この違和感は、努力不足でも、センスの問題でもありません。

変化している“はず”のものが、変化として届いていない。

ここに原因があります。

今回の記事の目次

「作業工程」を出せば伸びる、は「半分だけ」本当

考え込みながらパソコンを見つめる女性、困っている

寄せ植えや作品づくりの発信では、「作業工程を見せるといい」とよく言われます。

途中の様子を見るのが好きな人も多いし、作り手の背景が伝わるのも事実です。

実際、工程を出すこと自体は、決して間違いではありません。

ただ、多くの場合、その工程の変化そのものが「説明」として消費されてしまう

・ここを組んで
・この苗を入れて
・最後に完成!

本人の中では「ちゃんと変化を見せている」つもりでも、

見る側にとっては「そうやって作るんだね」という情報の確認で終わってしまうことが多いんです。

変化はしている。
でも、「意味」としては動いていない状態なんです。

変化しているのに、変化として届かない理由

ここで、よく出てくる疑問があります。

「完成品を見せずに寄せ植えにしていく流れって、ビフォー・アフター(変化)ですよね?」

たしかに、「見た目」はちゃんと変わっています。

何もなかった状態から、
少しずつ「形」になって、
最後に「完成」する。

流れとしては、とても自然です。

でも、その自然さこそが、引っかかりにくさの原因になることがあります。

多くの工程投稿では、「見る側」の頭の中で、こんなことが起きています。

最初に見た瞬間、「あとで完成するやつだな」と分かる。

途中は、「ふんふん」と確認するだけ。

最後に、「やっぱりきれい」。

最初の時点で、ゴールがほぼ想像できてしまっている。

その結果、「見る前」と「見た後」で、受け取り手の視点や考えは、ほとんど更新されない。

見た目は変わっているのに、「意味」は動いていないんです。

この状態では、滞在時間も、保存したくなる理由も、誰かに渡したくなる理由も生まれにくくなります。

アルゴリズムが拾う「意味の変化」とは何か?

ここで、ひとつ整理しておきます。

私が言っている「アルゴリズムが拾う意味の変化」とは、見た目が変わったかどうか、ではありません。

見る前」と「見た後」で、その人の中の「前提」が少しズレたかどうか?

これだけです。

・知らなかったことを知った
・当たり前だと思っていた考えが揺れた
・自分の状況と重ねて考え始めた

こうした「小さな認知の更新」が起きた投稿は、
・滞在時間が伸び、
・保存され、
・他の投稿にも回遊されやすくなる。

アルゴリズムは、感情や努力を評価しているわけではなく、「人の行動が一段深くなったかどうか?」を結果として拾っている。

だから、「工程」があっても「想い」があっても、意味が更新されなければ、変化としてはカウントされないんです。

「想い」を書いているのに、なぜ残らないのか?

もうひとつ、よくあるのが
「想いはちゃんと書いているのに、なぜか届かない」
というケースです。

・丁寧に自分なりのこだわりを持って作っています
・ここの生産者さんの色合いはとっても素敵で…
・この寄せ植えは私が心を込めて作っています
・この仕事が本当に好きなんです

どれも嘘ではないし、書いてはいけないわけでもありません。

でも、多くの場合、その想いは書いた瞬間に「完結」してしまっている

「読む側」の頭の中では、

「そうなんだ」
「大変だったね」
「素敵だね」

で、終わる。

共感はしても、考えが一段、先に進まない

MIHO

これは、想いが足りないからではなく、想いが“翻訳されていない”からです。

その想いが、

・どんな違和感から生まれたのか?
・何に悩んだ末の言葉なのか?
・読む人のどんな感覚と重なるのか?

ここまでつながって、はじめて「意味の変化」が起きる。

想いもまた、工程と同じように、説明で終われば「点」になってしまいます。

私の静止画像がバズった本当の理由

ここで、私自身の話をひとつします。

実は私、リール動画よりも静止画像のほうが強く反応が出ました。

最初は、
「世界観が合ったのかな?」
「タイミングが良かったのかな?」

そんなふうに思っていました。

でも、あとからはっきり分かったことがあります。

あの投稿が伸びた理由は、きれいだったからではありません。

一瞬で「本物かどうか判断できなかった」からです。

見た人の頭の中では、こんな流れが起きていたと思います。

「うわ、綺麗なビオラのリース」
「え?こんな完成度、インスタで見たことない」
「もしかしてフェイク?」
「でも、AIでビオラのリースなんて聞いたことがない」

「リアル」でも説明できない。
「AI」でも説明できない。

だから「これは何?」という状態が生まれる。

人は、すぐに分かるものより、分からないもののほうを、深く見に行く。

キャプションを読み、
他の投稿を見て、
プロフィールを確認する。

MIHO

ここで大事なのは、この混乱は「きっかけ」にすぎないということです。

一瞬の混乱は「入口」であって、「ゴール」ではない

もし、その先に何も渡すものがなければ、あの投稿は一瞬で終わっていたと思います。

でも私は、作品の説明だけでなく、

・なぜこの世界観なのか?
・どう考えて作っているのか?
・どこに違和感を持っているのか?

を、文章でずっと出し続けていました。

だから
「リアルか、フェイクか」という問いは、
やがて

「この人、どういう人なんだろう?」
に変わっていく。

入口の混乱が、「思考の線」に回収される。

これが、私の中で起きていたことです。

「線」は、一つの投稿だけで作られているわけではない

ここで、ひとつだけ補足します。

MIHO

私がやっている「線づくり」は、一つの投稿や、一つの文章だけで完結しているわけではありません。

インスタで立ち止まった人が、文章を読み、さらに別の場所で「考え方」や「背景」に触れられる。

そうやって、世界観が少しずつ補完されるように、いくつかの媒体を使っています。

詳しい話は、また別の記事で書きますが、ここでお伝えしたいのは、

線は「入口」ではなく、そのあとに続く設計で決まるということ。

本質を一言で言うと

商品も
工程も
想いも

それだけでは、“点”にすぎません。

一瞬の混乱は、ただの入口。

そこから
文章や思考、人間味で回収されてはじめて、線になる。

ここまで読んで、

「じゃあ、どうすれば この“回収”を意識して発信できるの?」

そう思った方もいるかもしれません。

次の記事では、意味の変化を“偶然にしない”ための具体的な考え方と実践を「何を投稿するか?」ではなく、「どこで、何を回収するか」という視点から整理して書いていきます。

同じ投稿でも、
一瞬で終わるか?
線につながるか?

その分かれ目は、思っているより、ずっとシンプルです。

▽迷わず選ばれる理由がある|私がSWELLを使い続けている理由(PR)

❀ 私も複数サイトを運営していますが、全てこのサーバーです。

投稿が“点”で終わる人と“線”になる人の違い

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
今回の記事の目次